ここのところのNHKテレビの日曜大河ドラマの「篤姫」の盛り上りもあり、また、明日、皇居に興味を示されて皇居参観(添付3)にご案内したこともある仏のTisonさん等が来日され、お会いすることにもなっていますので、改めて皇居の江戸城時代の大奥の位置、様子を調べてみました(添付1、2)。
本丸、大奥のあった場所は現在の皇居東御苑になっており、二の丸があった場所が現在の二の丸庭園となっていて、一般に公開されています。そこへの入り口は3ヵ所あり、大手門、平川門、北桔橋門で、入る時に札を預かり、出る時に札を返却するという簡単なものです。
私たちが皇居東御苑に行った際に、本丸跡の「松の廊下跡」(赤穂藩主浅野内匠頭が吉良上野介に切りつけ、忠臣蔵の発端となった場所)には案内板が立てられていましたが、「大奥」に関する説明、案内板は一切見かけませんでした。
そういう意味では、皇居というのは今や天皇家のお住まいということで、江戸時代の徳川家の大奥というコンセプトとは縁を切りたいという宮内庁の気分が反映されている証拠かとも感じられます。
今でも男子たるモノ、大奥の秘めたる魅力(添付4,5)には抗しがたい気分を持ってしまうものと想います。そこで、もしも何かの機会(特に二の丸庭園のつつじの花の時期、等)に皇居に行かれることがあれば、ここに載せた大奥の地図を基に、大奥の当時の捨てきれない魅力の雰囲気を連想しながら楽しまれてはいかがでしょうかと提案させていただきます。
大奥は英語で何と訳されているのかと思い、和英辞書で調べてみましたところ、“inner place”となっていましたが、”deep inner-place“の方が、秘密の花園という雰囲気が出るのではないだろうかと感じます。
2008年11月30日(日)
MM
添付1
江戸城大奥
大奥は以下の3区画よりなる。
御殿向き(ごてんむき)
・将軍の大奥での寝所
・御台所・将軍の生母や子供の居室
・奥女中の詰所
広敷向き(ひろしきむき)
・大奥の事務を取り扱う広敷役人の詰める役所(大奥の玄関脇の事務室兼警備室)
広敷用人 御用達(用人の指図によって出入りの商人から買い物を調える役人) 広敷番 広敷伊賀者
長局向き(ながつぼねむき)
・奥女中の住居(二階建ての長屋)
解説
御台所(みだいどころ)
将軍の正妻。御台様と呼びかけた。三代将軍家光以降、歴代将軍夫人は宮家または上流公卿の姫を迎えた。
将軍でさえ後始末は自分でしたのだが、御台所やお部屋様がトイレに行く場合はお供の御中臈が付き添い、一緒にトイレの中に入りお尻の後始末をしたという。なお、トイレは深さ数間もある深い井戸で使用者の一代の間、汲み出すことはなかったという。そのため臭気を消すため常にお香が焚かれていた。
御部屋様(おへやさま)
側室が男子を産むと大奥に部屋をもらえたので御部屋様といった。女子を産むと御腹様といった。
大奥と中奥の唯一の連絡口が「上の錠口」であった。ここより大奥に入れる男子は将軍のみである。また下の御鈴は将軍生母へ出向く際に使われたといわれるが時代により異なる。
上臈御年寄(じょうろうおとしより)
大奥の最高位で、儀式・典礼を掌った。京都の公家出身者が多い
御年寄(おとしより)
大奥の事実上の権力者で、奥向きの万事を差配し、表向きの老中に匹敵する。
御中臈(おちゅうろう)
将軍や御台所の身辺世話役。将軍付きのなかから側室が選ばれる。
御錠口:御殿向と広敷向との出入り口
七つ口:朝五つ(午前8時)に開き、夕七つ(午後4時)に閉めたところよりこの名が付いた。毎日鑑札をもらった出入りの商人が商品を売りに来た。
(1)「御小座敷御上段」
将軍が奥泊りする際の将軍と御台所あるいは側室との寝所。
(2)「御休息」
御台所の通常の居所。
宿下り(やどさがり)
御次より以下の者は春先に宿下がりが許される。奉公勤続3年目ではじめて6日間、6年目から12日間、9年目から16日間。以降は同じ。
御褥御断り(おしとねおことわり)
三十歳になると御台所も側室も将軍と寝室を共にすることをご辞退申し上げた。
「汚れた方」と「お清」
基本的には将軍付きの中臈が側室になるが、手のつかない者を「お清」と呼んだ。手のついた者は「汚れた方」と言ったという。
終身奉公
建前上は御末に至るまで一生奉公であったが、上臈・御年寄・御客会釈・御中臈を除いて暇を取ることが出来た。
御目見得(おめみえ)
将軍・御台所にお目見する資格のあるもの
御宰(ごさい)
高級女中が雇う下男。七つ口の詰め所に控え扶持米を搗屋(つきや:精米屋)に持って行くのが主な仕事で、他に買い物等をさせられた。
添付2
江戸城
徳川265年間で江戸城に天守閣があったのは……たった50年だけ
江戸城は徳川家康、秀忠、家光の三世代に渡り諸大名の天下普請により30年をかけて築かれた。五層の天守閣は慶長十二年(1607)に建てられ、明暦三年(1657)の大火で焼失した後は再建されず天守台のみが残った。
添付3
皇居参観案内図

添付4
江戸城大奥列伝新装版著者: 海音寺潮五郎
出版社: 講談社
サイズ: 文庫
ページ数: 283p
発行年月: 2008年02月
ISBN:9784062759618
本体価格 571円 (税込 600 円)
添付5
大奥
大奥史上最大のスキャンダルとは絵島生島事件のこと。
時は七代将軍・徳川家継の時代。
前将軍の正室(正妻)と 前将軍の側室(愛人?)であり現将軍の生母の闘いの中、
大奥総取締の絵島(仲間由紀恵)と
歌舞伎役者・生島新五郎(西島秀俊)の禁断の恋の物語です。
大奥と言えば 衣装の豪華さが見ものですよね〜。
女優さん達の美しい着物姿が華やかで豪華絢爛
やっぱり和服ってステキ!!
観ているだけで お正月気分が味わえます.☆.。.:*・°
<関連ブログ>
◇「
天璋院篤姫の江戸城無血開城への寄与」
◇「
皇居見学から感じた江戸城と大奥」